maki

彼女がドーナツを守る理由 34

2024/8/16  

─────第二章────  定期購読している文芸誌に応募していた僕の作品が二次選考まで残っていた。五十編ある候補作の中のひとつに過ぎなかったが、それでもここまで残ったのは初めてのことで、僕は飛び上がる ...

彼女がドーナツを守る理由 33

2024/8/16  

 外側の世界に立つと、強く吹く風の音が耳を打った。僕はその「ビュウウ」という暴力的な音にしばし耳を傾けた。このように強く吹く自然な風というものは、僕には馴染みのないものだ。初めて聞いた時には何の音かも ...

彼女がドーナツを守る理由 32

2024/7/22  

 リビングのソファに座っていると、家中どこもかしこも静まり返って、家というのはこんなにも静かだっただろうかと不意に思った。休日に家にいるのは久しぶりのことだった。 テレビ台が埃を被ってうっすらと白くな ...

彼女がドーナツを守る理由 31

2024/6/16  

 意を決してトンネルの外に出ると、驚いたことにモカはそこにいた。崖の淵の少しばかり手前に、うつむいて座っている人影があった。まるで迎えが来ないことに失望した小さな女の子のようだった。ひとりきりで、崩れ ...

彼女がドーナツを守る理由 30

2024/6/16  

 雨は嫌いだわ、と彼女は言っていた。  ザアア、と激しい雨の音が、僕の身体を優しく包み込み、脳を満たして、思考を程よく鈍らせる。  モカが雨を嫌いな理由は、ロングスカートの裾が濡れるからだった。モカは ...

彼女がドーナツを守る理由 29

2023/9/30  

「もう来ないでほしいの」 と静かに言ったモカの言葉はあまりに突然で、僕は一瞬、それはこの外側の世界にだけある何かを指す特有の言葉なのかと思った。しかしモカの城であるこの占いの店の、カウンターの向こうに ...

彼女がドーナツを守る理由 28

2023/8/2  

 通りは秩序を失った群衆でごった返していた。警笛を鳴らして交通整理をしようとする警察官や、「救急隊はまだか!」などと飛び交う声から、大きな事故があったようだと推測できた。いつもなら気持ち悪いくらいにス ...

彼女がドーナツを守る理由 27

2023/6/4  

「ゴルジ―ラ」「ゴルジ―ラ」「そう」「それがこれ」「うん」 僕の前にはほとんど黒に近い焦げ茶色の、見慣れた液体が入ったカップがある。湯気と共に立ち昇る香りが芳しい。「ヨウの世界では何ていうの?」「コー ...

(後編)ダイニングバー・ハラワタ~吸血鬼さちこの何でもない日常~

2023/1/19  

「これはこれは、さちこちゃん」 伯爵はわざとらしく驚いてみせ、残忍にしか見えない笑顔で嬉々として言った。「何してるんですか、こんなところで! さては、またストーキングしてたんでしょう!」「人聞きが悪い ...

(前編)ダイニングバー・ハラワタ〜吸血鬼さちこの何でもない日常〜

2023/1/19  

 ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』が好きだ。言わずと知れた吸血鬼文学の名作。私たちにとってのバイブルといってもいいだろう。中世ルーマニアとイギリスの、陰鬱で薄暗く、湿ったような空気感。月明りだけが頼 ...