maki

彼女がドーナツを守る理由 30

2024/6/16  

 雨は嫌いだわ、と彼女は言っていた。  ザアア、と激しい雨の音が、僕の身体を優しく包み込み、脳を満たして、思考を程よく鈍らせる。  モカが雨を嫌いな理由は、ロングスカートの裾が濡れるからだった。モカは ...

彼女がドーナツを守る理由 29

2023/9/30  

「もう来ないでほしいの」 と静かに言ったモカの言葉はあまりに突然で、僕は一瞬、それはこの外側の世界にだけある何かを指す特有の言葉なのかと思った。しかしモカの城であるこの占いの店の、カウンターの向こうに ...

彼女がドーナツを守る理由 28

2023/8/2  

 通りは秩序を失った群衆でごった返していた。警笛を鳴らして交通整理をしようとする警察官や、「救急隊はまだか!」などと飛び交う声から、大きな事故があったようだと推測できた。いつもなら気持ち悪いくらいにス ...

彼女がドーナツを守る理由 27

2023/6/4  

「ゴルジ―ラ」「ゴルジ―ラ」「そう」「それがこれ」「うん」 僕の前にはほとんど黒に近い焦げ茶色の、見慣れた液体が入ったカップがある。湯気と共に立ち昇る香りが芳しい。「ヨウの世界では何ていうの?」「コー ...

(後編)ダイニングバー・ハラワタ~吸血鬼さちこの何でもない日常~

2023/1/19  

「これはこれは、さちこちゃん」 伯爵はわざとらしく驚いてみせ、残忍にしか見えない笑顔で嬉々として言った。「何してるんですか、こんなところで! さては、またストーキングしてたんでしょう!」「人聞きが悪い ...

(前編)ダイニングバー・ハラワタ〜吸血鬼さちこの何でもない日常〜

2023/1/19  

 ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』が好きだ。言わずと知れた吸血鬼文学の名作。私たちにとってのバイブルといってもいいだろう。中世ルーマニアとイギリスの、陰鬱で薄暗く、湿ったような空気感。月明りだけが頼 ...

彼女がドーナツを守る理由 26

2023/3/13  

 美術館では印象派展というのをやっていた。館内は広くて白くてしんと静かで、まるで紙でできた箱の中のようだった。真っ白な壁に間隔を置いて並べられた絵を、誰もがまるで厳粛な儀式のように黙ったままゆっくりと ...

掌編小説 シャッターチャンスマン

2022/12/27  

 初めて彼を見た時、カッコいい人だなと思った。 時が止まって見えた。 いや、実際止まっていたのだ。ただし止まっていたのは時間ではなく、彼だけだったのだけど。 彼が朝日に輝く街路樹を見上げた時だった。  ...

とある春の変な一日

2022/12/26  

 春は眠い、と私が言うと、おまえはどの季節でも良く寝てるじゃないか、と康夫は言った。それはそうだけど、でも春は特別眠いのだ。暖かな日差し、新緑の薫りを含んだやわらかい空気。そよそよと吹く風は心地良く肌 ...

彼女がドーナツを守る理由 25

2023/1/9  

 無限とか無数とかいう言葉は、きっと星々を表現するためにあるんだろうと僕は思った。 黒い空に満遍なく散らばった数えきれないほどの星。あのキラキラ光ってるやつを全部集めたら、一体何カラットになるんだろう ...