「落としましたよ」
と後ろから声を掛けられた。
「あ、どうも……」
と言いながら振り返る。今にも雨が降りそうな、湿った夜闇。そこに立っていたのは、頭から黒い頭巾をすっぽりと被った男だった。小柄で浅黒く、目だけが大きくて、どことなく妖怪じみている。
「はい、これ」
男が手を差し出した。
「ありがとうござ……」
差し出された男の手を見て、私は困惑してしまった。
その手の上には、何もなかったのだ。
いたずらだろうか。男の顔を見る。笑いを浮かべているように見える。しかし決して意地悪そうではない。どちらかというと親切そうだ。やっていることと表情が一致しない。私は失礼だとは思いつつも、思い切り怪訝そうに顔を歪めた。
「よく見て」
男がなおも言う。
骨張っていて、乾燥し、血色の悪い汚い手だ。上を向いた掌は、何か丸い物でも持っているかのように軽く指が曲げられている。今に、「おまえが落としたのは魂だ!」とでも言うんじゃなかろうか。何しろこんな夜だ。
しかし、この手、何か見覚えがあるような……。
「いや、何もありませんが」
「違う違う。ほら、右手!」
男が指差した先、私は自分の腕の先端を見た。
思わず「あっ」と声を上げる。
手首から先がなかった。
「ああーっ! それ私のでしたか。失礼。いや、どうりで見覚えがあると」
「気を付けてくださいよ。今日は人出がありますからね。なくしちゃかなわない」
「いや、どうも御親切に」
私は男から手首を受け取った。今はどうすることもできないので、とりあえずそれを上着のポケットに入れる。
「それからね、あなた、何だか頭もグラグラしてるから、気を付けないと」
男は言った。親切な奴だ。
「いや、これは演出なんです。いかにもゾンビっぽいでしょ」
「ええー、サービス精神! どうせ追い返されるだけなのに」
「だからこそですよ。年一回のことなんですから」
「ああー、まあね」
夜道には、口から涎を流したり、頭から血を噴き出させたりした連中が、「うー、ああー」と恐ろしげな呻き声を上げながらゾロゾロと歩いていく。姿はおどろおどろしいが、どことなくみんな楽しそうだ。まあ、すぐに追い返されるんだけど。
そんな、ハロウィンの夜。