短編・連作短編小説

掌編小説 シャッターチャンスマン

 初めて彼を見た時、カッコいい人だなと思った。
 時が止まって見えた。
 いや、実際止まっていたのだ。ただし止まっていたのは時間ではなく、彼だけだったのだけど。
 彼が朝日に輝く街路樹を見上げた時だった。
 あ、素敵。
 そう思った瞬間、ピタ、と彼が動きを止めたのだった。
 え?
 するとどこからともなく数人の女性たちが現れ、パシャパシャと写真を撮った。彼が再び動き出すと、女性たちは散っていき、彼も何事もなかったかのようにまた歩き出した。
 何だったのかしら……。
 不思議に思っているのはどうやら私だけのようだった。

 それからは彼の姿がよく目に留まるようになった。先日見たような、奇妙な光景はしばしば見られた。
 社員食堂で、コピー室で、会社のロビーで、道端で。
 彼がふいに動きを止める。女性たちが集まってくる。写真を撮る。解散する。

「知らないのぉ?」同僚のK子はロッカー室の鏡で口紅を塗り直しながら言った。「写真撮影OKのイケメン。通称『シャッターチャンスマン』有名なのに」
「何それ」

 事の起こりは盗撮問題だったという。彼はとてもイケメンなので、盗撮されることは日常茶飯事だった。それが彼のファンの間で『盗撮派』と『盗撮反対派』の争いが起こり、警察沙汰にまでなった。女性たちが自分のことで争うのに心を痛めた彼は、こう言ったのだ。
「写真、撮っていいですから。でも、タイミングは決めさせてください。ポーズを取りますから」
 今では『盗撮派』も『盗撮反対派』も仲良く写真撮影をしているという。

 彼は希代のイケメンであり、サービス精神に溢れた優しきイケメンだった。

「それって私も撮っていいってこと?」
 私は訊いてみた。
「いいでしょ。私も撮ったわ」
 K子は軽く言い、スマホに保存された写真を見せてくれた。

 雨が降った日だった。外回りから帰った彼は、少し髪が濡れていた。その時私はたまたまそのロビーに居合わせていた。彼が髪をかき上げ、動きを止めたその瞬間、
「きゃー!」
 と歓声が上がり、どっと人が集まった。受付嬢も、掃除のおばちゃんも、みんなが彼の写真を撮った。思わず私も参加してしまった。

 写真におさまった彼を見ていると、頬が熱くなる。これは恋なのかもしれない。彼は今フリーらしい。彼にふさわしい女性になるには……。
 私は鏡の前で、ポーズの練習をしてみるのだった。

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