「DBS……」
僕とリリィの声が揃った。次の瞬間リリィは爆発したように笑い出した。
「DBSだって! やだもう、今時誰がこんなイタズラするの? あー、びっくりしちゃった。……ふふふ、DBSからの手紙……あはははは!」
僕は笑わず、その文面をじっと見つめた。妙な呼び出し状だ。人を呼び出すからには、日時を指定するのが普通だ。しかしそれがない。悪戯だったとして、綺麗な白い紙と封筒に印刷文字という丁寧さに対して内容が幼稚すぎる。リリィの言う通り、こんな悪戯は今時小学生でもしない。
「行ってみようかな」
僕が言うと、リリィは笑うのをピタリとやめ、目を見開いた。
「何言ってんの?」
「おもしろそうじゃないか」
「全然おもしろそうじゃないんだけど。めちゃくちゃ真顔なんだけど。ねえ、本気?」
この手紙は、本物だ。僕は決して決して外には出ない興奮を胸の中で踊らせていた。
「大丈夫。ただのイタズラだよ」
平然とした顔で僕はリリィに言った。
リリィは知らないけれど、こちら側の世界のほとんど全員がきっと知らないけれど、僕は知っている。
DBSは実在する。
あの日モカが言っていた。キラキラ輝く星空の下、僕と彼女が初めて心を通わせた、あの日に。
翌日は土曜日だったので、さっそく行ってみることにした。
休日の電車は混んでいた。僕はドア近くに立ち、手摺りに軽くもたれた。ホームに、見送りに来たリリィの姿があった。彼女は口を動かして「気を付けて」と言った。僕はそれに応えて手を振った。手を振り返すリリィの顔は、不満そうにむくれていた。実は今日、彼女も一緒に行きたいと言っていたのだ。軽い旅行気分で、ネットからプリントアウトした観光地図まで用意していた。それを僕がどうしても駄目だと言い、ちょっとした言い合いになった。万が一危ない目にあったらいけないから頼むからひとりで行かせてくれと最後には頼み込み、なんとかリリィを置いてきたのだった。危ない目にあうかもしれないというのは、ただのでまかせというわけでもなかった。モカはDBSのことを普通の研究機関のように言っていたが、僕にとっては都市伝説で、未知の存在だ。正直、僕だってちょっと怖い。
G0780駅までは特急で二時間ほどだった。窓外の景色は街並みから田園に変わり始めた。気付けば僕は、今ではキーホルダーになっている蜥蜴の携帯電話を握り締めていた。
携帯買うの?
モカの声が耳に蘇った。彼女の姿が目の前に浮かぶ。やあ、モカ。久し振り。僕は心の中で言う。彼女は僕に微笑みかけた。彼女は青い色の得体の知れない生物の形の携帯電話を手に楽しそうに笑っている。その微笑みはあまりにも穏やかで優しく、神々しく光り輝くようで、それが実際に見たものの記憶なのか、僕が歳月の流れるうちに美化しまくった結果なのかはちょっと分からなかった。色とりどりの幾つもの球体が見えた。その向こうには球体を見つめるモカの顔。これらはひとつひとつがとてつもなく大きな石やガスの塊なのよ。あたしたちが住んでいるこの星も、そういう石のひとつに過ぎないの。夜空を見上げるモカがいた。ヨウとずっと一緒にいられますように……そして、今にも零れそうな涙で潤んだ、宝石のような黒い瞳。
ヨウ、お願い、分かって。あたし苦しいの……
僕を見つめるモカの顔が縦に割れて開いた。僕はずっともたれていた手摺りから身体を剥がし、彼女の顔を通り抜けた。
ホームに降りるとすぐに、体格のいい男二人が近付いてきた。彼らは僕の名前を確認すると、
「お待ちしておりました」
と言い、僕の両隣にピタリと張り付いた。
「こちらへ」
有無を言わさぬ様子で二人は僕を連行する。言葉は丁寧だが、僕の扱いはまるで犯罪者のようだった。やがて黒いワンボックスカーに到着すると、僕はその中に押し込まれた。車の窓は黒いシートで目隠しされており、外が全く見えなかった。これはやばいな、とさすがに僕も思った。リリィを連れてこなくて本当に良かった。車内では相変わらず、二人の男が両脇に張り付いていた。少しでも動いたらすぐさま押さえつけられそうなほど、車内の空気はピリついていた。もちろん誰もしゃべらない。行き先についても教える気はないようだった。
車が停まり、降ろされたのは何とも無機質な場所だった。目の前にあるのは四角い型にコンクリートを流し込んで固めただけのような灰色の建物。周囲は高い壁に囲まれている。刑務所か、と僕は思った。しかし罪状は何だ。それくらい教えてくれてもよさそうなものだ──まあ心当たりはあるが。相変わらず男たちに張り付かれたまま、僕は建物の中に通された。外側と同じく何の装飾もない灰色の廊下をゆき、突き当たりにあるエレベーターの前で立ち止まった。その扉が開くと、中は何とも奇妙な小部屋になっていた。エレベーターにしては広い空間に、椅子が六脚、二列になって並んでいる。椅子は全て金具で床に固定されていた。僕はそのエレベーターに乗せられ、ようやく怖い男たちから解放される代わりに、今度は椅子にがっちりと括り付けられた。エレベーターの椅子には、もうひとり同じように括り付けられている人間がいた。青いスーツに同じ色の帽子を被った、端正な顔立ちの女性だった。扉が閉まると、その女性は、
「途中で一回転します」
と言い、壁のボタンを押した。