無限とか無数とかいう言葉は、きっと星々を表現するためにあるんだろうと僕は思った。
黒い空に満遍なく散らばった数えきれないほどの星。あのキラキラ光ってるやつを全部集めたら、一体何カラットになるんだろう。
「ねえ、あれは本当に宝石じゃないの? あれを集めて繋げたら、すごく綺麗なネックレスができるのに」
僕が言うと、モカはぷっと吹き出した。
「やだ、ヨウってば子供みたいなこと言うのね。可笑しい」
子供みたいと言われ、僕は黙ってしまった。普段ならそのくらいのこと何とも思わないはずなのだが、モカに言われると何故だかムッとした。彼女のほうが年上だから、余計にそう思うのだろうか。
モカの言葉は、ひと言ひと言がまるで大砲の弾のようだ。ズドンズドンと、モカがしゃべるたびに僕は砲撃を受けて、傷付いたり、舞い上がったり、これでは身が持たない。
それなのにもっとモカの言葉が聞きたいと思ってしまう。
もっと彼女の側にいて、彼女の声を聞いていたい。
まるで中毒になったように、僕は彼女を求めてしまう。
僕とモカは屋敷の裏庭にあるベンチに並んで座っていた。夜もふけ、子供連れの家族などはそろそろ帰り始めている頃だった。僕たちも帰ることにしたのだが、車を運転する前に頭をスッキリさせたいとモカが言い、こうしてここに座っているのだった。人混みの中で過ごした後で、夜の冷たい空気が心地良かった。
「流れ星に祈ると願い事が叶うのよ」
じっと夜空を見上げていたモカが不意に言った。そういう話は本で読んだことがあった。その時は何のことか分からなかったが、実際に星をこの目で見ている今なら何となく分かる。流れ星とは、きっと夜空から外れて落下する星のことだ。これだけ数があれば、取り付けが甘いものも中にはあるのだろう。それを見かければ願いが叶うという、いわば人為的なミスをかえって縁起の良いものにしてしまうとは、前向きな捉え方でなかなか素敵だ。
「叶えたい願いがあるの?」
「そうね、ええ、あるわ」モカは空を見上げたまま言った。「ヨウは?」
「僕もあるよ」
「待ってみる?」
「いいけど、滅多に見られないんだろ?」
「いいじゃない。ヒマでしょ」
「まあね」
しばらく黙って二人で空を見つめた。
「綺麗な青い星」
ぽつりとモカが言った。彼女の視線の先には、ブルートパーズのような星が光っていた。
「ねえ、あたしたちの祖先が住んでいたのは何光年も遠くの青い綺麗な星だったって本当かしら」
「へえ、初めて聞いたな。だとしたらおもしろいね。誰から聞いたの」
「DBAの人」
「え?」
「あ、聞いたことない? DBAって」
「いや、あるけど……ええ? DBAって本当にあるの?」
モカのいうDBAと僕の知っているDBAは果たして同じものなのだろうか、と僕は思った。
「あるわよ。どうして?」
「僕たち内側の世界の人間の間ではDBAって都市伝説みたいなものなんだ。幽霊や妖精と同じレベルの存在で、怪しげな研究施設だって噂はあるけど誰もそれが本当は何なのか知らないし、誰も見たことがないし行ったこともない。子供たちの間で伝承みたいに語り継がれてるけど、そんなものないんだって皆思ってる。まさか本当にあるの?」
「あるわよ。こちらでは当たり前の存在よ。大きな研究施設もあって……ヨウ!」
モカが空を指差した。流れ星だ! 急いで願い事をした。
「……何てお願いしたの?」
数秒の後モカが言った。
「ひみつ」
「教えて。あたしも言うから」
「……モカとずっと一緒にいられますように」
流れ星を見た時、一番に頭に浮かんだのがそれだった。作家になりたいでも宝くじに当たりたいでもなく、僕が願ったのはこの先もモカと一緒にいたいということだった。モカを見ると、僕を見つめて微笑んでいた。恥ずかしそうに、そして嬉しそうに。
「あたしも、同じことお願いしたわ」
そして僕らはそっと顔を近付け合い、キスをした。彼女の冷たくて柔らかい唇に触れた途端、愛おしい想いが込み上げてきて胸に溢れた。彼女を愛している。自分の中にこんな感情があるなんて思いもしなかった。
てっぺんから足元まで全身に電飾を纏ったタワーが、赤に青に、煌びやかに明滅する。立ち並ぶビルは全ての窓に明かりが灯り、時折、その中で働く人たちの姿が見える。飲食店やコンビニ、デパートなどは競うように派手なネオンの看板を出し、ゲームセンターの屋根では、立体映像の巨大な女の子や動物のキャラクターが踊っている。
窓外に流れる景色はいまだに夜景にしか見えない。
隣の座席ではモカが美術館のフライヤーを眺めている。僕とモカは電車で一時間半の街にある美術館へと向かっているところだった。これはつまり初めてのデートだ。外の景色は夜なのにこれからどこかへ向かうというのは、二人で逃避行をしているようでなかなか悪くない気分だった。
住む世界の違う二人。周囲の反対に遭い、追い詰められた末の駆け落ち。僕たちのことを誰も知らない土地で、二人だけで暮らし始めるのだ……。
しかし本当に逃避行らしい気分を味わうには、両手で耳を塞ぐ必要があった。電車内は昼間らしく混み合い、すぐ後ろの座席では学生らしき女の子たちが騒いでいた。僕は腕時計を見た。つい先ほど、電車に乗る前に駅構内の雑貨屋で買ったものだった。黒いラバーベルトのデジタル時計。こちらの時間に合わせてある。その時計は今、午前十一時十五分を表示していた。
「こっちはどこも都会なんだね」
きらきらと光が溢れる景色を眺めながら僕は言った。モカはフライヤーから顔を上げ、
「そう?」
と言った。
「どこまで行っても街の光が途切れることがない。どこも鮮やかな光ですごく明るくて……」僕は自分の住む内側の世界の夜を思い返した。部分的に美しい夜景が見られても、夜になればほとんど真っ暗になってしまうところも多くあるのだ。こんな風に満遍なく電灯で満たされているという光景は見たことがない。「まるで昼間だ」
「だから」モカは苦笑して言った。「昼間なんだってば」