テレビではどのチャンネルも太陽の話題で持ち切りだった。落下現場が繰り返し中継され、何の変哲もない民家が前から横から上空から、テレビ局のカメラによって眺め回され、世界中に発信された。立ち入り禁止の黄色いテープがベタベタと貼られている。住人は避難しているのだろうか。近隣住民のインタビューでは、「信じられない」「怖い」と多くの人が口にしていた。涙声になっている人もいた。穴の空いた屋根の映像をバックにあらゆる分野の専門家が集い、議論をし、あらゆる推測や仮定や空論が飛び交った。
「信じらんねえよな……」
『トーラス』のカウンターに置かれた小型のテレビ──普段この店にテレビはない。マスターが不安がる客のために出してくれたのだ──を観ながらマークが呟いた。彼でさえも深刻な顔をしているのを見て、事件の重大さを改めて実感した。太陽が──たとえその一部ですら──落ちることなど、起こり得ないはずだった。太陽は絶対に安全。僕らはそう教えられ、そう信じて生きてきた。
「どうなるんだろうな、もし太陽が落ちたら」
マークが言った。
「縁起でもない」
僕は笑って言ったが、考えていることは彼と同じだった。
「急遽太陽のメンテナンスをやるって話が出てるらしいですよ」
マスターが言った。
「ああ、ぜひやってもらいたいもんだね。いっそのこと作り直したらどうだ」
「そんな話もあるようですよ。本当かどうかは分かりませんが。もうだいぶ古いですからね」
「でもすぐには決まらないだろうね。あんな巨大な機械、簡単に作れるものじゃない」
「だいたい使ってるのが電球なんて、古いんだよ。LEDにしろ」
「熱を作る役目も担ってるから電球なんですよ。わたしは夜になると寒くってねえ、いけません」
「そんな変わんねえって。気分の問題だろう」
「そうですかあ?」
「電球のほうがいいよ。LEDの光は味気ない」
「おまえは電球並みに古い男だからな。LEDでも変わんねえよ」
テレビでは太陽関連の番組が終わることなく流れ続けている。巨大な太陽の模型が浮かぶスタジオで、タレントたちがあらゆる分野の専門家を質問攻めにしている。この世の終わりのような緊迫感だ。
──二人の恋が世界を滅ぼすって……。
そうモカは言っていた。関係ないんじゃないか? 僕とモカが一緒にいてもいなくても、世界は勝手に滅びるんじゃないだろうか。えだまめを口に運びながら、僕は思った。
間もなく太陽は精密検査に入った。期間はやってみなければ分からないということで決まっていないが、三日から一週間の間だろうとニュースでは言っていた。子供たちを暗闇の中通学させるわけにはいかないので、小学校から高校まで全て休校になった。犯罪が増えることが懸念されるため警察はパトロールを大幅に増やし、また、自発的に街を警備するボランティアなども現れた。通勤や昼食で街を歩くと、蛍光色のたすきを掛けた人たちや警察官の姿をよく見かけた。暗い街の中で人々は元気がなく、どこも静まり返っているようだった。モカの街のように街中が華やかにライトアップされることも、いつものメンテナンス期間のようにお祭りになることもなかった。みんな不安なのだろう。
僕は仕事を終えて帰宅するところだった。まだ六時だというのに、景色は夜中と変わらない。それなのにホームも電車も人で溢れていているのがいかにも非常事態の雰囲気を醸していて、暗鬱とした気分になった。ドア近くの手摺りに寄り掛かり、僕は外をぼんやりと見ていた。電車に乗ると、線路側のドア近くのこの場所に僕はたいてい落ち着いた。駅に停まるたびいちいち避けなくていいし、窮屈な座席に座るよりも気が楽だ。
反対側のホームにも電車を待つ人たちが集まっている。発車するまでの間、僕は反対側のホームの、煙草を吸ったり新聞を読んだりする人たちを眺めていた。そのうちに、ひとりの女性がこちらを見ていることに気が付いた。金髪で背が高く、モデルのようにスタイルが良い。じっとこちらを見ているようなのが妙だとは思ったが、ぼんやりしていて特にその理由は考えなかった。膝上丈のワンピースにニット素材のロングカーディガンを羽織り、ヒールの高いブーツを履いている。ファッション誌の写真を見るように僕はその女性を眺めていた。可愛らしい人だなと思った。電車が動き始めてようやく、あ、と気が付いた。あれはリリィだ。